評価:★★★★☆ 4.3
実家で飼っていた犬のハヤトが死んだという。十二年間可愛がってきた、とても賢い犬だった。
酷暑の盆休みに帰省した僕は、母と祖母が二人で暮らすその家のあちこちに奇妙な気配を感じた。古い畳の上を小さな四本脚が歩く音、板張りの廊下を移動する黒い影。『それ』はハヤトなのか、あるいは別の何かなのか。
気難しい祖母と、愚痴ひとつこぼさずその介護を務める母。表向き静かで平穏な生活だった。蒸し暑い空気が淀んだ古い家には、しかし、確かに何かが息づいて、ゆっくりと成長しつつあった。やがて『それ』はある姿を取って、僕の前に現れるのだった――。※エブリスタと重複掲載です。
話数:全4話
ジャンル:ホラー
登場人物
主人公属性
- 未登録
職業・種族
- 未登録
時代:未登録
舞台:未登録
雰囲気:未登録
展開:未登録
注意:残酷な描写あり
静かに満ちて行く感情。その感情が色を持つ時、闇が生まれる。人間として人間として持つもの。避けて通れぬもの。それが実は誰にでもある影。これは「業」がみえる作品です。描写が恐怖を呼び、その恐怖は現代が孕ませた念だと私は思います。読後に産まれる新たな「自分」にあなたは気づくでしょう。生きるということは、負と向き合うことだと自らを顧みると思います。ホラーというジャンルに収まらない恐怖をどうかみなさん味わって下さい。
切り離せない人間関係の中で負の感情が堆積してゆき、このままいくと自分はどうなるんだろう…と怯えることは、誰しも経験があるのでは。この作品は、抜群の描写力で「心を侵食する不安、不満」の水位を静かに高めてゆきます。日本家屋の畳の感触、死にゆく人間の臭いをリアルに感じさせる精緻な筆致。かつ全体的に淡々とした語りは、袋小路に追い詰められるような窒息感を伴う戦慄を呼びます。予告でも示唆されているように負の感情はあるとき許容値を越え、異質な形をとって牙をむくのですが、その根底に宿る思いは、大方の読者にとって意外さと切ない痛みを誘うのではないでしょうか。恐怖の奔流が過ぎ去ったのち、平凡な日常に回帰したはずの主人公は……この禁忌の解除は、「臭い」というものが嗅ぎ続けると何も感じなくなっていくことにどこか重なります。身体の芯から冷えていく怖さが欲しい方にぜひ。あと犬は大事にしよう、ほんと。