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 幕末、遣欧使節団の一員としてエジプトの地に降り立った福沢諭吉は、考えていた。
 日本人の心の底に横たわり「自らを縛(しば)っているもの」についてである。 
 一般的に「道徳」と呼ばれ、社会的規律や治安を保つ働きをしていた一方、身分や男女の違い、個人の権利や自由を束縛(そくばく)していた。
 
 なぜ考えていたか?
 先年、遣米使節団の一員としてアメリカへ渡航した際、日本と西欧諸国との文化や倫理観の違いを痛切(つうせつ)に感じたからだ。

 欧州へ向かう船旅の途中で立ち寄ったアジア各地の港では、差別と過酷な使役の実態を見た。
 カイロでは、イギリスやフランスの食い物になっているエジプトの現状を知り、さらに危機感を募(つの)らせた。
 外国勢力と結託(けったく)した王侯貴族や大商人などの権力者が豪奢(ごうしゃ)な宮殿に住み、豊かな生活を営む傍(かたわ)らで、アリの巣のような「土を盛り上げただけの家」に住む貧しい人々が群れていた。
 滞在中、観光のためモカッタムの丘にある城(じょう)砦(さい)へ向った。
 そのテラスで、スエズ運河の立案と設計をおこなったフランスの技師、レセップスと出(で)遭(あ)う。
 レセップスは、「偉大な事業を達成するためには、多少の犠牲はしかたがない」と弁舌を振るう。だが、この壮大な事業のために数万人ものエジプト人が苦(く)役(えき)に駆り出され、病やケガによる死傷者は、数千人にも及んでいた。

 諭吉は反論を試(こころ)みるが、うまくいかない。
 なぜなら自分の心の中にも、そうした考え方が潜んでいたからだ。
「藩や主君のためには、命を惜(お)しまない」というのが、江戸時代における武士の在り方であった。子どもの頃から、そうした考え方に疑問を感じていた諭吉であったが、武士の家に育ったため、すべて振り捨てることはできなかった。

(個人の生命や意思よりも、国家や組織の継続及び繁栄の方が大事なのか?)
 深く考え続けながら、遠くに見えるピラミッドを眺める。
 「ハッ!」と気付いた。
 これまで思い考え続けていた問題の「構図と、解決への糸口」が、見えた。

 ここで福沢諭吉が得た「個人の独立」、さらには「個人の独立なくして、国の独立なし」といった考え方は、明治初期の若者たちの心に深く浸透(しんとう)し、日本の近代化を進める上での礎(いしずえ)となった。


話数:全15話
ジャンル:

登場人物
主人公属性
職業・種族
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舞台:未登録
雰囲気:未登録
展開:未登録

注意:全年齢対象