評価:★★★★☆ 3.8
生まれた時から価値を定められた。空虚な心を癒してくれた恩師を失った。裏切りによって命を落としかけ、生きる代償として人間であることを捨てた。そんな壮絶な人生を経て、百年余りもの時を過ごしてきた不老の魔導士クリムは自身の作りだした結界『赤霧の森』で今日も人目に知れず研究を続けていた。そんなある日、彼の元へ不思議な女がやって来た事により、全てが変わっていく。これは、若干人間不信で傲岸不遜な男による子持ちの新妻との同棲生活を記録したお話である。
時代:未登録
舞台:異世界
人を信じて、善意をほどこし。おそらくは人を愛して。でも、裏切られ、失望し、魔法魔術の類を極めて人であることをやめた賢者クリム。人跡未踏の樹海で学究の道を行くその穏やかな日々は、助けを求める声に応えた事で終わりを告げます。我が子のため、古く伝わる樹海の賢者の言い伝えに一縷の望みをかけた女性シェリー。血の繋がりもない。夫婦ですらない、頼りないつながりから始まる共同生活。でも、二人の家族を迎えた事で、クリムの生活は一変します。圧倒的なおれ様!その饕餮した言葉は、人を逸脱した絶対者そのもの。凍りついたように冷厳な心。でもシェリーのひたむきさや、力弱くても我が子のため奮われる母親としてのたくましさがクリムの心を溶かしていきます。絆は小さな熱そのもの。ともすれば残酷さすら感じる世界に、暖かい日が差すようなお話です。読んだらきっと、隣にいる誰かを大事にしたくなります。
『赤霧の森』、そこはは聖地とも呼べる秘境。またある者にとっては魔境とも呼べる地獄の場所でもある。そこで一人の少女が”神”だと感じる存在と出会ったのは、今から六十年も前の昔。神――この彼が、どうしようもなく格好いいです。読み返す度に、クリム!! と叫びたくなります。魔導士好き、不老好きなら、必見の物語です。魔導書や妖精、気、魔素と言ったエッセンスも見所だと感じます。今後のシェリーとクリムの関係性も、個人的に見所だと思います。「“そういう事”にしておこう」という台詞がまた素敵で!個人的にはアリスが好きです。ファンタジーの世界にたっぷり浸りたいときにオススメの一作です。是非ご覧下さい。