評価:★★★★☆ 4.2
大学に入学し、一人暮らしを始めた私は自宅の周囲で不思議なものを見かけるようになる。それはピンク色のクマのキグルミだった。ただ道ですれ違うだけではなく、そのキグルミは奇妙な踊りを私の前で踊ってみせる。理解不能なその行動に、私は不安を覚えるようになる。
ある日、スマートフォンで撮影した画像を見せながら、クマのキグルミが踊っている様子を友人に話したところ、それを聞いた櫻井先輩から、私は思わぬ指摘を受けることになる――
というミステリー作品です。
話数:全7話
ジャンル:
時代:未登録
舞台:未登録
雰囲気:未登録
展開:未登録
注意:全年齢対象
私は、推理小説が大好きだ。例えば殺人事件なら、『犯人が捕まる』というピースがぴたりと嵌るから。なのにこのピースは……デカイ。読者は思わぬ全景に魅せられる。女子大生が街中で出会った、踊るクマのキグルミ。その謎とは?加えて、純文学のような手ざわり。主人公にとって先輩の言葉は強引で一方的。受け損なったまま逃げてしまう。放置してしまったボールをどのように返すのか。その場面は珠玉。先輩に言葉を返すには、自分と向き合うには、まだ少しだけ勇気が足りない。途中、読者も逃げたくなるがご安心を。登場人物は皆少し不器用なだけで、悪意は存在しない。エピローグはとても温かい。そして『この先』は?お互い一方通行で、コミュニケーションにまで至っていない為、大きな物語の序章・出会篇のような印象を受ける。シリーズ化を切に望む!先輩の横に主人公が居るキャンパス風景も見てみたいのだ。
一人称小説で、視点の人物が自覚していないことをさりげなく読者に提示し、気付くチャンスを与えつつも容易には気付かせないというのは、やってみると凄く難しい。これができていないと読み応えのある推理小説にはならないわけです。主人公は依頼者のポジションで、安楽椅子探偵の手にかかるまで自分では無自覚で見聞きする情報を受け取っているのだから。自然な会話や情景の中にさりげなく伏線を埋め込む必要がある。レベルの高い推理小説の場合、慎重に読んでいても探偵が謎解きをするまでは真相に気付けません。この「踊るキグルミ」で、私は過去にしまうまさんの作品をいくつか読んで作者の癖を知っているつもりだったのに、謎解きの段になるまで真相に気付けず、あれはこの伏線だったのか!と感心させられてしまいました。そしてその驚きの先に、本作の場合、感動があります。途中で苛立つ展開もあるかもしれないが、是非最後まで読んで下さい。