評価:★★★★☆ 4.4
『多重理論分枝型 生体思考維持システム=フロンティア』人によって創造された死後の世界と呼ばれる空間。
交通事故により身体に致命的な損傷を負った智也は自らが開発したフロンティアに誘われる。
そこで智也は自らの作り出した世界の不完全さを知ることになる。
現実世界と変わらない解像度で再現された楽園で、人々は自身が電子データに過ぎない事実に苦しみ、自らが複製である可能性に怯えながら過ごす世界、。
再会を果たした妻、沙紀は現世においては叶わなかった『子を持つ』と言う夢を、この世界で叶える事を切望していた。
妻の夢を叶えるため、電子データになり果てようと『この世界で人々は生きている』事実を立証するため、智也は現実世界の巨大企業ビックサイエンス社を巻き込み、プロジェクトを立ち上げ、新たな魂を創造する作業に取り掛かる。カクヨムでも掲載中
話数:全6話
ジャンル:SF
時代:未登録
舞台:電脳世界
雰囲気:シリアス
展開:未登録
注意:R15
転生モノを卓越したSFセンスで解体・再構築したような作品。作者が書きたい内容がキッチリ読者に伝わって、読後のモヤモヤまで計算されつくしている。作品は短編として書かれているが、これだけ力強いストーリーであれば、容易に中編作品に拡大できる。 この作品のもう一つ優れた点としては、特にファンタジー分野でよくある「お約束」に逃げていない点だ。作中の設定は丁寧に語られていて、且つ、多すぎない。これは作中の描写についても同じで、バランスが良く、多く描写しすぎない、そのために言葉選びが精密で最初の一文から良かった。
フロンティアが現実世界と切り離されていない、地続きの世界であるからこその葛藤、しがらみ。確かにそこに命はあって、どれもがはっきりとした個人である。じゃあ人間の定義は何だろう、と来たるべき未来に向けての問題提起として受け止めることが出来ました。あと、開発したものが開発者の意図を通り越して思わぬ使われ方をするのが妙にリアルだなと思いました。今回の場合は娘の「愛」がそれにあたるのでしょう。この世界でコピーされた愛がダイナマイトのようにならなければ良いのですが。テセウスの船の人間版の悩みがどう解決されるのか、楽しみに待ちたいと思います。
死生観を超えた、AIとしての娘や、死んでしまったはずの恋人と出会う等、現代では夢のようなお話。フロンティアに転送される、という選択肢が出来た世界。死を超越した状況を前に、人はどこまで進むのか、それを提示されたような気持ちでした。ちゃんとそこには現実があって、夢で終わってしまう話ではないのだなと感じさせられた作品でした。