評価:★★★★☆ 4.4
私のところに出てくれば何度だって殺してやるのに。あの女の幽霊に、夫は今日も怯えている。あの執念深い女は夫にだけ姿を見せて、彼の心を占有しようとしている。まるで私を見下すような薄い笑みを浮かべながら。彼女は夫の妄想なのか、それとも私の夢なのか――。湿った夏の風が風鈴を揺らす度、赤い蝶は夢とうつつの間を行き来する。
話数:全5話
ジャンル:
登場人物
主人公属性
- 未登録
職業・種族
- 未登録
時代:未登録
舞台:未登録
雰囲気:未登録
展開:未登録
高校時代の恩師はこう言った。自画像を描くときには、鏡に映る自分よりも三割増しで不細工に描けと。人間の目は、事象をそのままとらえるのではないのだという。脳内で情報を処理する過程において、いくつものバイアスがかけられると聞いている。それでもあなたは断言できるだろうか。あなたが見たもの、感じたもの、今までの記憶その全てが嘘偽りなく真実であると。あなたの内側でたっぷりと時を経て熟成した、真実という名の物語は、熟しすぎた果実のように今まさに弾けようとしているのかもしれないのだ。この作品は、良い意味で後味が悪い。あちらとこちらの境界線はとても曖昧で、いつ自分こそがあちらの人間になってしまうかもしれないという恐ろしさに身がすくむ。赤い蝶は何気なさを装って、あなたの周りを今もひらひらと舞っているのかもしれない。
軽く目を通したはずが、止まらなくなった。タグはホラー。舞台は平凡であったはずの夫婦。冒頭から引き込まれていった。なにが起こったのかは一話目でわかる。いったい?どういう経緯で?美しく、抽象的な文章で気付けば二話目。どうなるのだろう?揺るぎない文体とリズムで三話目。付箋回収、ええ!?そうなの!?衝撃の四話目。そして最終章。待っていたのは狂気だった。ホラーの名を借りた、精神崩壊。短いながらも完成されたこの小説。ぜひ読んでみてもらいたい。かっ〇えびせんよりも、止まらないから。
平凡な幸せというものを続けることがどれほど難しいかということは幸せが崩壊してからでないと分からない――崩壊したものをどう維持していくのかも見どころではあったが、最終的にどうなっていくのかを読むのが読者だろう。その読みを見事に裏切ってくれたラストに私はもう唸り声をあげることになった。これはやられた、完敗だと両手を上げた。それくらい、とにかくラストにしてやられた作品だった。ああ、幽霊もののホラーかと手を出さなかったら勿体ない。愛憎劇ね、ありふれてるわと読まなかったら勿体ない。とにかく最後まで読んでほしい。そして私と同じ体験をしてほしい。読後、私は自分の現実を見て怖くなった。私ももしかしたらそうなるかもしれないと――このホラーはあなたの内側からじわじわ壊してくれるだろう。恐怖――その言葉とともに。