評価:★★★★★ 4.5
想い出はどんなに些細な物であっても、触れた途端に奔流となって胸を流れる。
熊本城の天守閣を背景にして、佇む二人の写真。身を切る寒さに包まれた、高校三年の冬――『ねぇ譲、もし私が……』
そう彼女に尋ねられた時、僕は何も答える事が出来なかった。
白玉か 何ぞと人の 問ひしとき
露と答へて 消えなましものを
登場人物
主人公属性
- 未登録
職業・種族
- 未登録
時代:現代
舞台:未登録
雰囲気:シリアス
展開:未登録
注意:全年齢対象
完結日:2014年8月3日
作者:マグロアッパー
タイトルを見て首を傾げたのは私だけではないだろう。有名な伊勢物語から来ていると知ったのは物語を読み進めてからだった。知がない自分を恥じつつ読んでいくと、そこは様々な情景が広がっていた。この作品は、現代を生きる主人公が学生時代を思い出しながら物語が進んでいく。作者の時間の操る文才がまず注目すべきところだ。しかし、最も注目するべきところは背景描写だ。主人公たちが訪れる熊本県の描写はもちろん、病に苦しむ中の雑踏や無機質な空間をとても鮮明にイメージしやすく書かれている。読んでいると胸の奥がぎゅっと苦しくなる。それでも読んだ後には言い知れぬ幸福感と満足間に胸が温まるはずだ。気温が下がるこの季節、秋深まる中温かい抹茶……とまではいかないが日本茶と共にこの作品を読むのはいかがだろうか?
あなたが譲れないものは何ですか?それは家族ですか?友人ですか?仕事ですか?趣味ですか?それとも他のものですか?何でもいいです。もし、あなたに譲れないものがあるのであれば、決して離さないでください。そして、もし、もし、離してしまったのであっても、それがどうしても必要なものであれば、前を向いて掴み直してください。それは、きっと大変な道だと思います。それは、きっと辛い道だと思います。でも、その道には必ず意味があります。願わくばあなたの譲れないものがあなたの手を離れませんように。そして、もし離れてしまっても掴み直せますように。私には祈る事しかできませんが、せめて祈らせてください。あなたが譲れないものは何ですか?それはまだあなたの手の中にありますか?
白玉か〜のタイトルを見て最初に思い浮かべたのは白玉ぜんざい。無学な私は伊勢物語など知る由もなく、この物語を読み始めました(たぶん大昔に習った……と思う、かな?)鬱に悩む現在の主人公と、恋愛に浮き立つ過去の主人公。この二人がどの様に結び付いていくのか、ハラハラドキドキしながら読み進める内に、自然と伊勢物語の一節を理解し、茶道の心得を知る事になります。この物語は一服の抹茶に似ています。心地よい恋愛の香りと日本文化のコク、そして人生の苦味。この苦味は誰の胸にも迫る普遍性を持って読者を痺れさせます。人生の色を失う出来事、無邪気な少年(少女)期を終わらせた灰色の記憶。主人公はあなたであり、私であり、作者です。だからこの作品はこんなにも胸をざわめかせるのです。ですが安心して下さい、抹茶にはお菓子が付き物です。希代の小説家が渾身の力を込めて綴った、人生の渋みが引き立てる極上の甘味、一度ご賞味あれ。
タイトルの「白玉か~」とは伊勢物語からの引用で、全文を「白玉か何ぞと人の問いしとき、露と答へて消えなましものを」と言い、何だか難しげだが、要約すると「彼女がいなくなって辛い。マジ死にてぇ」とか、大体そんなよーな意味である。時代が移っても人の悩みなんて、そうそう変わりゃしないのだ。そして本作は現代もの。倦み疲れた男の回想録。登場するのは凡人たる高校生の主人公と、くまモン好きなツンデレお嬢様。こんな可愛いお嬢様に好かれるとは万死に値する野郎だが、イチャコラするだけでは収まらない。凡人とお嬢様という組み合わせならばなおのこと、恋には障害が付き物なのだ。この世でたった一つの宝物を失い、いつしか自分自身をも見失った男は、果たして過去の中に何を思い、何を見いだすのか。これは、我々と何も変わらない等身大の男の、過去と現在を旅する真摯な恋物語である。
“タイトルを見て、かの有名な【伊勢物語】を思い浮かべた方もいるかと思いますが、私は本作を””現代版伊勢物語””という一言で括ることは出来ませんでした。この作品で私が強く感じたことは『人は何かを失うことでしかその本当の価値を知ることが出来ない』そして『その後悔はどんなに時が流れても決して拭い去ることができない』ということでした。私たちは生きていく中で誰しも一度は(あの時こうしていれば……)と考えたことがあるのではないでしょうか。ましてやそれが人生に大きく関わる決断であったなら。そしてもし、もう一度あの時と同じ決断が出来るなら……また、本作は””熊本県””を舞台にした物語です。作中には県の名所や某ゆるキャラも登場する等、まるで自分も一緒に熊本県を旅行しているかのような錯覚を覚えます。この夏、爽やかな読後感を感じたい方にお勧めしたい作品です。”